Page: 2/26  << >>
篠田節子/聖域

94年刊行の長編作。大手出版社に勤める実藤は、ある日退職した同僚の書類を整理する中で、「水無川泉」の名で書かれた未完の小説原稿『聖域』を目にする。8世紀頃の東北地方を舞台に、土着的、呪術的な磁場が渦巻く大作の片鱗を見せるそれに見せられた実藤は、その作者を見つけ出し小説を完成させたいという考えに憑かれ始める。しかし作者を追う中で、過去にその作者に関わった人間の多くが、破滅的な末路を歩んでいることがわかりはじめるのだが・・・

関わったものを死、あるいは狂気へと誘う文章という点で『川又千秋/幻詩狩り』を髣髴とさせるが、終盤にかけて否応なく高まるその「言葉」に対する期待が、結局は肩透かしの幻想として終わってしまうように感じるところまで、なんだか非常に似ているように感じた。思うに小説の中で「人の一生を左右するような小説、文章」を出現させることが出来るのであれば、そもそもその「小説の中の小説」を本体として書けばいいのであって、でないからには、やはりそれは小説の中のキーアイテムの一つにしかなれないモノだということか。濃密に疾走する導入部から、土着的な風俗や新興宗教まで絡めながら、謎めいた作者のディティールが浮かび上がらせていく中盤あたりまではかなり引き込まれた。それだけに、先に述べたように着地の弱さが余計に気になった、そんな作品。 
| かっつん | 22:08 | comments(0) | - | pookmark |
吉岡利貢/毎日長い距離を走らなくてもマラソンは速くなる!月間たった80kmで2時間46分! 超効率的トレーニング法


心身ともに不調の谷間へ落ち込んでいた昨月末、期せずこんな本を読んでいた。

本著の要旨としては
.肇譟璽縫鵐阿砲いて日本人に顕著な「距離信仰」の問題点を挙げ
▲泪薀愁鵑防要なパフォーマンスを向上させるためには、高負荷×短時間のトレーニングこそが有効と説き
その一例としてバイク×ランのクロストレーニングを提唱している。

まず,砲弔い討蓮市民ランナーレベルでは、週64km、月間走行距離が240〜250kmを超えると故障が増えるという報告を前提に、我々のような素人ランナーが「距離」を基準にトレーニングをすることの「非効率」を説いている。
続いて△任蓮▲薀鵐縫鵐哀僖侫ーマンスを決める身体要素として1.酸素摂取量2.無酸素性代謝閾値3.ランニングエコノミーを挙げ、それぞれがどのように機能し、またそれを向上させるためにはどういったトレーニングが有効かを検証する。そしてにおいては、そうしたランニングに必要な機能・筋力はバイクトレーニングによっても効果的に補完できると主張する。事前にAmazonの書評などを見る限りでは、本書のウリはなのだと思っていたが、実際読んでみるとこの部分についてはそれほど突っ込んだ記述はないように感じた。なによりも著者の力点は、「距離信仰」の非効率・不合理性を説くことに置かれている。例えば仕事の状況や体調などで練習できる日数は毎月変わります。それなのに月間走行距離の達成に執着すると、月末の走り込みで帳尻を合わせるといったトレーニングの本質を外れた行動に走ってしまいます。といった記述には個人的に深く頷ける部分があったし、また著者がいうLSDトレーニングの否定(正確には強度の高いポイント練習と切り離されたLSDの否定)についても、これまで主に時間的な非効率性からLSD(キロ7〜9分で3時間程度走る)をしてこなかった自分としては、それなりに説得力のある主張だと感じた。

ただしこの辺は、特段目新しい主張ではないというのも事実で、これまでこの手の本を何冊か読んできている人にとっては、その実まったく得るところがないかもしれない。その面で、自分としてものクロストレーニングの具体メニューが(いちおう、章の半分程度は割いているのだが)ややアッサリし過ぎているようには感じた。加えて著者は中学期から陸上畑を歩んで(走って!?)きた「土台」がある人(箱根駅伝を目標にトレーニングしていた、書いてるぐらいなので、そのレベルは推して測るべし)なので、単純に30歳40歳50歳を手前に長距離走に目覚めた一般市民ランナーが誰でも"月間80kmのトレーニングでサブ3を達成"できるわけではない、ということも一応申し添えておきたい。速く・強くなるためには必ずどこかで「苦しい」思いをする必要があるが、それをいかに効果的/効率的に組み込んでいけばいいのか、そのための基本となる考えを自分なりに確立していくにあたって、個人的にはなかなか有用な一冊だと感じた。気になった箇所は何度か読み返してみたい。

| かっつん | 21:53 | comments(0) | - | pookmark |
津原泰水/廻旋する夏空:クロニクル・アラウンド・ザ・クロック


人生とは、自分に相応な宿屋を思い知るための旅だ。

第2部、開幕。ここに来て登場人物たちが一気に躍動し始めた。前作を「各人物らについてのお触り程度」と書いたけど、いや実際はまだまだ相当な引き出しがしまわれたままであった、というのが今回わかる。たとえば主要人物の一人、向田むらさきという女の子。彼女は「絶対音感」という特殊な能力を持つ一方で、学校という空間に大きな拒絶反応を示し不登校状態なのだが、そのきっかけとなった「事件」らしきものが所々で匂わされる。が、それがハッキリと明示された箇所は無い。そしてそれは、今後明らかにされるかもしれないし、永遠に明かされないかもしれない、ということが、巻末あとがきに記された本作の特殊な創作方法から推測される。物事の、人々の、表の顔、そして裏の顔。常に何かが隠れている「物語」のピースが織り成すセッションは、スリリングで危うい繊細さと、乱暴な熱狂の螺旋を描き展開する。
津原氏が描く、独特の「斜め感」を持った人物たちは相変わらずとても魅力的なのだが、加えて今作では素直に、「音楽」あるいは「バンド」といったものがもたらす昂揚も小説の核たる熱気を放っている。大好きな作家が「音楽」を書いてくれる、こんな幸せなことって滅多にない。願わくば次で終わりだと言わないで、閉じられたままの抽斗を全部開けちゃうぐらいの勢いで展開してほしいなー。


『綺譚集』の感想は→コチラ
『ブラバン』の感想は→コチラ
『ピカルディの薔薇』の感想は→コチラ
『ルピナス探偵団の当惑』の感想は→コチラ
『たまさか人形堂物語』の感想は→コチラ
『瑠璃玉の耳輪』の感想は→コチラ
『少年トレチア』の感想は→コチラ
『爛漫たる爛漫:クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』の感想は→コチラ

| かっつん | 23:11 | comments(0) | - | pookmark |
津原泰水/爛漫たる爛漫:クロニクル・アラウンド・ザ・クロック


巻末あとがきによれば、執筆時で既に第3部まで構想が出来ていたのだという。つまりは本作だけで、物語は完結しない。

自身もロックバンド/ラヂオ・デパートのギタリストである津原氏だが(そもそも作家を本業だとは思っていない!?)、津原泰水名義の著作に、俗にいう「音楽モノ」は少ない。というか「ブラバン」ぐらいか。チャイコフスキー(『ペニス』)やモーツァルト(『バレエ・メカニック』)などが象徴的に配された作品はあったが、ロックという意味では初期作『妖都』であるロックバンドを取り巻く怪死が描かれていたぐらいしか記憶にない。その『妖都』はどこか性的でグロテスクな幻想ホラーの趣が強い作品だったが、本作では『ルピナス』のような(少し屈曲した)聡明を感じさせるミステリ調が香る。

どこか丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』とクロスして見えるのは、やはり"ロックバンド"という媒介のためか。人気バンドのボーカルの死を巡って開かれたブラックホール。しかし本作ではまだ、一癖もニ癖もある人物らの紹介と(なにせ名前からして、音楽ライターの向田むらさきに、その娘/くれないである。クリムゾンにパープル)得体のしれない背景がわずかに匂わされたのみなのだ。ここからどう、転ぶのか。以降に期待。


『綺譚集』の感想は→コチラ
『ブラバン』の感想は→コチラ
『ピカルディの薔薇』の感想は→コチラ
『ルピナス探偵団の当惑』の感想は→コチラ
『たまさか人形堂物語』の感想は→コチラ
『瑠璃玉の耳輪』の感想は→コチラ
『少年トレチア』の感想は→コチラ

| かっつん | 23:09 | comments(0) | - | pookmark |
近藤史恵/サヴァイヴ


2011年刊行。『サクリファイス』『エデン』に続くシリーズ三作目

前2作では白石誓(チカ)の一人称で、日本のロードレース、そしてツールの舞台を疾走したが、本作では6つの短編でそれぞれ異なる人物の視点から、その激しいドラマの前後譚とも取れる物語が描かれる。中でも、『サクリファイス』ではチーム【オッジ】におけるベテランのアシストとして登場した赤城という人物が、今作では時系列を変えて何度も登場するのが印象的。"プロトンの中の孤独"では、新旧エースの世代交代に伴う「内紛」の渦中へと巻き込まれた同僚として、"レミング"ではチームのベテランエースとして君臨する石尾豪の世話役として、"ゴールよりももっと遠く"では現役を退いたのち、【オッジ】の指導者として復帰した「おれ」の視点を通して、実に複雑な群像模様を切り取ってみせる。実力こそがあらゆる些事を圧倒する世界でありながら、同時に人間的に嫌われていると「レースでなかなか勝たせてもらえない」という複雑な部分も併せ持つ「紳士のスポーツ」。他者からの妬み嫉み嫌がらせの類には事欠かず、あるいは落車という肉体的な恐怖と薄皮一枚で接しながら、そもそもが決して恵まれた環境とはいえない日本のロードレース界にあって、それでも彼らがその世界に身を置き続ける理由。色々な表現があるけれど、総じてそれは「自転車が好きだから」というところに行き着くように見える。好きだからこその、苦悩。そして闇。白石チカが主役の"老ビプネンの腹の中"では「北の地獄」と呼ばれる過酷なワンデーレース「パリ〜ルーベ」において、そしてラスト"トラウーダ"では、ポルトガルのプロチームへ移籍した彼が落ち込んだ精神の奈落を舞台に、いずれも「ドラッグ」という魔物の姿が描かれている。好きだから、その世界に生きていたいから、そんな人間にそっと近づいてくるその闇は、息苦しくなるほどに深く、重い。


『サクリファイス』の感想は→コチラ
『エデン』の感想は→コチラ

| かっつん | 22:38 | comments(2) | - | pookmark |
近藤史恵/エデン

 『サクリファイス』の続編として刊行された2010年作。シリアスなロードレースの世界を描きながら、同時に人間の感情という複雑な伏線が絡まりあうサスペンスものとしても成立していた前作と、作品カラーは同じ。前作ラストにて、スペインのコンチネンタル・プロチームと契約した白石誓(しらいしちかう)だったが、今作ではそのスペイン時代をすっ飛ばし、舞台は一気にツール・ド・フランスへと遷っている。

ブエルタ・ア・エスパーニャでの活躍によって、フランスのプロチーム【パート・ピカルディ】に移籍したチカ(白石)は、夢の舞台/ツール・ド・フランスへ出場する。しかし同時に【パート・ピカルディ】は今年度限りでスポンサーの撤退=チームの消滅が決定しており、チームにはそれぞれの思惑が入り混じった複雑な空気が流れている。

舞台がツールであるだけに、前作以上にロードレース、そしてそこで戦うプロチームという存在の、ある種特異な内情が描かれている。約3週間で延べ3000km以上、獲得標高実に何万mもの距離を走破する「世界で最も過酷なスポーツ」は、その舞台で駆ける人間の、あるいはそれを夢見る人間の人生に決定的な影響を与え続ける。今作でもそのストーリーの核として、一人の若きスター選手と、彼に深く関わる一人のレーサーの苦悩や焦燥が埋め込まれている。相変わらずその結末は残酷なまでに非情だが、その厳しさが決して創作ではないと思わせる迫真性がこのシリーズにはある。さすがに自転車にまったく興味がない人がのめり込んで読めるのか、は分からないけれども、前作同様、一級の娯楽小説と言ってよさそうな勢いを感じた良作だった。


『サクリファイス』の感想は→コチラ

| かっつん | 22:32 | comments(0) | - | pookmark |
佐藤賢一/黒王妃



そのひとは黒王妃と呼ばれていた。
先年に崩御したフランス王アンリ二世の室、カトリーヌ・ドゥ・メディシスのことだ。

2013年刊行の最新作。上記書き出しから始まるとおり、彼女を柱に、その視点から彼女が生きた時代のフランス王朝史が紐解かれる。タイトルや表紙画から、どこかクログロとして陰惨なインパクトを期待した向きもあるかもしれない。だが実際には、そうした劇的な作用はきわめて薄く、簡単に言うなればかなり「地味」である。もしかすると、これまで佐藤賢一が描いてきた主役たちの中で、最も地味な類に位置するかもしれない。

そもそも「黒王妃」の名称は、彼女が黒い衣装を好んで着たことに由来する。その理由とても作中で、黒は体型をごまかす働きがある。淡い色、明るい色より、スラリと痩せてみせてくれるからだと記述されるように、ある種の禍々しさとは無縁なのだ。名前のとおり、イタリアの大富豪メディチ家からフランス王アンリ2世の元へ嫁いできたカトリーヌ・ドゥ・メディシス。本作ではおもに、そのアンリ2世亡き後、彼女の子らによる治世が扱われている。

各章では地の文に続いて、後半部で決まって彼女の独り語り(ときに繰言)が挿入されるというスタイルなのだが、これがどうにもパッとしないのだ。かつての夫の愛人に対するドロドロとした感情、息子の嫁に対するダメ出し、そして我が息子・娘らに注ぐ母親としての視点など、なんだか読んでいても、どこにでも居りそうな四十路のオバさんの自負心めいた愚痴を聞いているようで、まったく盛り上がらない(笑)。
ときはフランス国内において新教(ユグノー)と旧教(カトリック)が激しく対立する内乱の時代であり、その不穏で不安定な政局を複雑な外交も絡めて執り仕切る彼女であればこそ、およそ「普通」の女性などではありえないのだけれども、作者はあえてそうしたドラスティックな歴史の動静ではなく、一人の女性のありふれた感覚、王家という「家族」の内情にフォーカスしながら史実を語っていく。

ために、好き嫌いが大きく分かれる作品だと思う。夫であるアンリ2世崩御の瞬間へと遡っていく形で彼女の独白は続き、その昂ぶる感情とともにラストではあの有名な史実へと雪崩れ込んでいくのだが、それとて、もたらされるカタストロフはさほど大きくない。乱高下する感情のジェットコースターのような、いつもの「なんとなれば」の佐藤節を期待する向きには、かなりの肩透かしになるかもしれない。


『カポネ』の感想は→コチラ
『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』の感想は→コチラ
『女信長』の感想は→コチラ
『オクシタニア』の感想は→コチラ
『剣闘士スパルタクス』の感想は→コチラ
『小説フランス革命機Ν供戮隆響曚連コチラ
『アメリカ第二次南北戦争』の感想は→コチラ
『新徴組』の感想は→コチラ
『フランス革命の肖像』の感想は→コチラ
『ぺリー』の感想は→コチラ

| かっつん | 22:22 | comments(0) | - | pookmark |
ロードバイクメンテナンス完全版


そういえば先頃、なんとなくの気紛れでこのような本を買ってみたのだが、案の定まったく活用していない。パッと見は写真が豊富で分かりやすそうなんだが、いざこれを頼りに作業してみても、例によって細かな手順や作法は省略されているため、初心者がこれだけを見て遺漏なく作業を完了するのは難しい。となると、プロのメカニックならではの視点や、一般にはあまり知られていないテクニックなどが紹介されていればそれだけで「買い」の理由ともなろうが、残念ながらそうした面も皆無である。

こうして見ると、ネット上で多く見つけられるような、一つ一つの作業を丁寧に写真撮りして追記して掲載してくれているサイトオーナーの方々の凄さを改めて感じさせられる。あれって本当に手間がかかるだろうに。利用させていただく身としては、ただただ感謝です。

| かっつん | 22:51 | comments(0) | - | pookmark |
近藤史恵/サクリファイス


続けて自転車モノ、ではあるが、こちらはロードレースの世界を舞台にしたスリリングかつシリアスな内容を展開する。この後『エデン』『サヴァイブ』と続く三部作の序章でもある。

白石誓(しらいしちか)は、日本の実業団チーム【オッジ】に所属する23歳。高校時代には陸上中距離でオリンピック候補にも目されるほどの実力を持ちながら、走ること、そして勝利することに意味を見出せずにこの世界へ転向したという過去を持つ。白石の【オッジ】における役割は、エースのアシスト。ロードレースというのは、紛うことなきチーム戦である。各チームは自軍のエースを勝たせるために彼を守り、また同時に他のチームのエースを潰すべく揺さぶりをかけ合う。本書の中でも書かれているとおり、エースはまさに同僚アシストの「夢や嫉妬を喰らい、それを踏みつけて」勝利を掴みにいくのだ。

【オッジ】の絶対的エースとして存在するのは石尾豪、旧くから彼のアシストとして走ってきたベテランの赤城や篠崎、そして次のエースと目される実力を持ちながら、同時にその性格から周囲の反発が絶えない伊庭など、チーム内に渦巻く複雑な、そして微妙なバランスの人間関係が物語の軸となる。白石は峠を得意とするヒルクライマーで、その点で非凡な才能を持っている。だが同時に、自他ともに見て、チームのエースとなれるほどの実力は持っていない。しかし彼は、エースのアシストとして走る自分にこそ、この上ない「自由」を感じてもいるのだ。

最終的に勝利するのは一人の「個人」でありながら、その過程では様々な駆け引きが行われる「チーム戦」であるというシビアで複雑な世界。ときには理不尽な決定も受け入れ、自らを「殺す」ことが要求される場面に渦巻く感情には、ときに人を死に至らしかねない激性が宿る。あまりにショッキングなラストは劇的過ぎるようにも見えるが、いや、こうあってもおかしくないと思わせるだけの伏線の巡らし方に、小説としての巧さも感じる。作品冒頭で匂わされる鮮烈な「死」の香りに誘われるように、ラストまで一気に走り抜けるように読了した。

| かっつん | 22:35 | comments(2) | - | pookmark |
米津一成/追い風ライダー


こんな表紙、言うたら悪いけど、そこからの期待値を軽やかに上回る、鮮やかな感情に溢れた良い小説だった。主題はもちろん自転車、ロードバイク。ロングライド、ジテツウ、ブルベにホビーレースetcetc..描かれる5つのストーリーは、いずれも自転車という素晴らしいツールを介して展開する群像模様。

自転車事故で彼を亡くした女性が、生前に彼が残していたblogを元に、彼が好きだった自転車コースを辿っていく"桜の木の下で"、毎朝ロードバイクで出社していた女性が、その自転車をきっかけにまったく新しい未来を拓いていく"キャットシッター"、少年期に祖父宅まで自転車で走った「小さな冒険」の記憶が元で、ひょんなことから旧友が営む自転車店で「運命的な」自転車と出会うことになる中年男性の姿を描いた"旧友の自転車店"、自らがコースを手掛ける形で初めて200kmのブルベを開催するローディーの、そこへ込められた小さくも力強い思いが綴られる"勇気の貯金"、尊敬する先輩に、自転車レース中の事故で重症を負わせてしまった過去を持つ男性が、とあるおミズの女の子との「自転車デート」によって再びツール・ド・沖縄へ出場する姿を描く"さとうきび畑"

こうやって粗筋だけ書いてもあまり魅力的でないんだが、読むと不思議なぐらいその瑞々しい感覚に溢れた世界へと惹き込まれていく。自転車乗りなら誰でも「そうそう!」と頷きたくなる感情、言葉があちこちに溢れているだけでなく、それはそのまま、自転車という道具が拓いてくれる様々な「可能性」へとリンクしているのだ。とにかく読んでいると気持ちが昂揚する。きっとこの「可能性」という名の昂揚感は、まだ本格的なスポーツバイクに乗ったことのない人にも伝わると思う。自転車に乗る喜びって、走ることそのものの楽しさだけじゃなく、そこから派生して広がっていく人間関係にもあるのかもしれない。各小編に登場する人物たち、それぞれがそれぞれの人生を生き、そしてそれが全体で緩やかに連関しているように、それまで決して視えなかった景色を拓き、そして繋いでくれる「可能性」の扉という意味にも、自転車というものの大きな魅力はあるのだと思う。近々、この作者の代表作でもある"自転車で遠くに行きたい"も読んでみようと思う。

| かっつん | 22:35 | comments(0) | - | pookmark |

Search

管理人運営の音楽サイト

Winterlight
ポストロックを中心に紹介。 轟音・サイケ・シューゲイザーからUK/USインディーまで この辺の音が好きな人は覗いてみてください

ブログランキング参加中

ブログランキング・にほんブログ村へ



Entry

     

Category

Archives

Calendar

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

Profile

Comment

Trackback

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode