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松浦理英子/葬儀の日



名前しか知らんままにしていて、今年になって初めて読んだ作家さん。今作はオリジナルが1980年に刊行された最初期の短編集。『葬儀の日』『乾く夏』『肥満体恐怖症』という3作が収録されている。

読んでる時の感覚として、笙野頼子や多和田葉子の作品と似たものを感じた。よく考えれば各々かなり違うんだけど、全体の感触が似てるように思う。無理やり色づけするなら、多和田葉子は『詩的でナイーヴ』、笙野頼子は『強靭なユニークさ』、松浦理英子は『ポップで脆い』といったところか。いずれの作家さんも、日常に漂う漠然とした意識を、ある程度具象化、もしくは抽象の事物にイメージを仮託しながら、その本質をガッチリ掴んで感覚的に伝え得る力を持っている。

文字を通して伝染してくる、自己や他人に対する過敏な好悪の感覚は非常に独特。"表層"って言葉からは間逆の、内臓から沁み出してくるような肉体性を伴った生々しい繊細さというか。こういう文章は男には絶対書けんだろうなーと感じるのは、男性である自分から見た勝手な視点なのかもしれないが、根源的な地点から生をクールに見つめるような視点は、(上手く言えんが)身体構造とも密接に結びつく、女性ならではのもの、という感じがする。

意識を感覚として伝えるような作品の感想を、頭で考えた言葉に拠って表そうとするのは無意味なのかもしれんが、でもやっぱり書いておきたくなるのも人の性。最初の『葬儀の日』が、物語としては一番解かり難い。葬式における"泣き屋"の私と、対になる存在として描かれる"笑い屋"の彼女。人称が不自然に入れ替わることからも、私と彼女は同一の自己らしい。普通に読むと「他人を好きになるのは、自分を好きになれない空虚さを埋めるためだ」とか「仕事などは、自分が何者である(べき)か掴めない人間が、精神の安定を求める手段としてするものだ」というような言葉があり、自身に向き合える「私」と、そうでない周囲との差異が書かれてるのかしら、と思った。面白かった。『乾く夏』でも、自分と他人との間で過剰に揺れ動く感情の機微が書かれており、二十歳の誕生日を"処刑"と呼称するところなど、10代特有のセンシティヴさが強く打ち出されていて、3作中で最も際立った情感があり読みやすい作品。最後の『肥満体恐怖症』は、女子寮で3人の"肥満体の"上級生と同室する女の子の話。肥満という事象を一つのシンボルとして嫌悪することで、過去に基づく心的なストレスから自分を護っている(ように見える)志吹唯子はとても痛々しい。それを半ば見抜きながら、表面的には何食わぬ顔で様々な言動を仕掛ける水木という巨漢の女を登場させるなど、かなり巧みな構成で上手い。漠然とした意識背景が加速度的に肉づけされていくようで、読後の残るものもこれが一番強かった。次は有名な『親指Pの修行時代』を読んでみようと思う。


| かっつん | 21:05 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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松浦理英子、「葬儀の日」(河出文庫)☆☆☆ デビュー作「葬儀の日」を含む短編集。表題作は文学界新人賞を受賞し、芥川賞の候補にもなった。 まあ、そうした能書きはどうでもいいが、読み終わった後で、これを書いたのは作者が大学在学中、19歳の時だったと知って軽
ひこうき雲 | at: 2009/03/27 12:39 AM

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