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ダンケルク


この人の作品は劇場で観たいと思わされる数少ない映画監督/クリストファー・ノーランの最新作。が、実はこの作品本来の規格で上映可能なシアターは全世界にも数えるほどしかないらしい。そして残念ながら日本国内には対応する映画館は存在しない。これについては後述。


『ダークナイト ライジング』と『インターステラー』が自分の中では最上級の映画体験として記憶されているノーラン作品。今作『ダンケルク』は、ノーラン監督としては初となる、史実に題材をとった戦争映画。1940年5月、ナチス・ドイツの電撃侵攻により、フランスの海岸線の街ダンケルクに追い詰められた連合軍兵士40万人の撤退と救出を描いた本作。


冒頭、完全に人の気配が絶え、降伏勧告のビラが舞い落ちるダンケルクの街頭を歩く英軍の歩兵。荒廃の中に重厚な美を感じさせる絵画のような情景(どこかダークナイトの世界観にも通ずる)に息を呑む。直後、大音響で破裂する銃声。前作『インターステラー』の音圧も凄まじかったが、今作における銃撃や、サイレンを鳴らしながら急降下してくる戦闘機の生々しい圧力は尋常でない。銃撃の雨の中を走り抜け、路地を抜け出るとそこには茫漠とした海岸線が広がっており、この死地からの救出を待つ連合軍の兵士たちが列を成している・・・。今作では当時コードネーム「ダイナモ作戦」と名付けられた英軍主体の軍事的撤退作戦を、陸海空の3つの異なる視点から描写する。ダンケルクで救出を待つ兵士たちの1週間、イギリス本土から兵士たちの救援に向かう商船の1日、そして英国が誇る戦闘機スピットファイアを駆る空軍パイロットの1時間。これらの時系列/空間を異にする視点が並行して展開され、ある一点へと向け集約されていく。


まず印象的だったのが、極端に台詞の少ないその展開。この「言葉を発しない」というのは作品中の一つの伏線として機能していたりもするのだが、ここからはそれ以上に「作品から物語性を排する」というノーラン監督の意図を見て取れるようにも思う。登場する兵士たちの背景が語られることは一切なく、そのほとんどは名前すら不明である。フィン・ホワイトヘッド演じる英国陸軍二等兵のトミーにしてみても、その名称は当時の英軍全体を呼称する一種のスラングだったそうで、つまりは多くの個性といったものがここでは剥ぎ取られている(全ての人物や事象を宗教絵画のように象徴的な意味を持たせた"存在"として描いている、と評している人もいた)。ちなみにノーラン監督の作品にはお馴染みのキリアン・マーフィーに至っては今作でもかなりのシーンで登場しているにも関わらず、クレジットには「Shivering Soldier(震える兵士)」としか書かれておらず、当然の如くその背景描写などは一切行われない。作中で最も「物語性」をもった人物と言えそうなのが、自らの商船でダンケルクの兵士たちを救出に向かう民間人ミスター・ドーソンだけど、この人にしたって、終盤にかけてその動機や背景が少しだけ匂わされる程度。


かつて『プライベートライアン』を初めて観た時、機銃になぎ倒され砲撃に肉体が引き千切られるそのあまりに凄まじく生々しい戦闘シーンに、それまで漠然と抱いていた「なんとなく自分だけは死なない」というような無意識の思い(願望)は消し飛んで「あぁ、こんなところに行ったら自分は万に一つも助からないな」という圧倒的な無力さを感じたのを覚えているけど、この『ダンケルク』からはまた違った角度から、そうした戦争における「個の無力さ」や無意味さみたいなものを感じさせられる。大局はおろか、敵の姿すらも見えないまま(作中でドイツ兵の姿は一瞬たりとも登場しない)差し迫った死に飲みこまれないことだけを祈りながら文字通り必死に逃げる続けるという構図は、今作の通奏低音のように全編を貫いているが、そこではもはや個人の意思や能力などほとんど何の意味もないように映る。


日常の世界であれば、一人の人間が生きているとき、そこには人それぞれに意思や個性があり、それぞれに家族や友人や多くの人たちとの関係の中でたくさんの「物語」を見ることができる。だけど、そうした個性や意思が何の意味も持たず、物語は消滅して「40万人の兵士たち」というたった一語に集約されてしまうのが戦争なんだと強く感じる。先のプライベートライアンでは"ライアン二等兵を救出する"という目的のためにトムハンクス演じるジョン・ミラー隊が動くという「物語」があった。そこには登場人物それぞれに個性があり、圧倒的な死の恐怖に覆われながらもそれぞれの行動や意思には意味があるように見えた。対してこの『ダンケルク』では、そこに意義や意味を持って行動している人間というのは限りなく少ないように映り、ただただ絶望的な「状況」だけが圧倒的な力でもって連続して降りかかってくる。その恐怖の入り混じった無力感や無意味さに戦争のリアルさを覚えた。


そんな物語性のない映画のいったい何が面白いのか?と疑問に思う向きもあるかもしれないが、そこはもう、クリストファー・ノーラン監督が描く画の力を観てほしい、としか言いようがない。冒頭のシーンを始め、英国空軍のパイロットの視点による海峡の景色、あるいは残照に染まるダンケルクの街を背景に滑空するスピットファイアの情景など、戦争映画にこう言ってしまうのも不謹慎な気もするけれど、そこにはやはり映像美と言える美しさが宿っていた。デジタル一色の時代に、アナログの手法にこだわり続けるノーラン監督は、本作の多くをIMAX70mmという超大判フィルムによって撮影している。そして冒頭に書いたように、通常の劇場ではこの規格で上映できず、なんと約40%も画面がカットされた状態で鑑賞することになる。40%って、、、(絶句)って感じなのだが、大阪のエキスポシティにある109シネマズのIMAX次世代レーザーであれば、画面のアスペクト比などはかなりオリジナルに近い状態で観られるとのこと。この映画は音響も含めて、劇場で観るのと自宅のテレビで観るのとでは感覚に大きな差が出てくるだろうから、予告編(字幕のない海外のもののほうが本編の雰囲気をよく伝えている)を見てちょっとでも気になった人はすぐさま劇場へ走ったほうがいい、と思う。自分も時間が許せばエキスポまでもう1回観に行きたいところ。

 

 

 

| かっつん | 21:02 | comments(0) | - | pookmark |
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