2011年刊行。『サクリファイス』『エデン』に続くシリーズ三作目
前2作では白石誓(チカ)の一人称で、日本のロードレース、そしてツールの舞台を疾走したが、本作では6つの短編でそれぞれ異なる人物の視点から、その激しいドラマの前後譚とも取れる物語が描かれる。中でも、『サクリファイス』ではチーム【オッジ】におけるベテランのアシストとして登場した赤城という人物が、今作では時系列を変えて何度も登場するのが印象的。"プロトンの中の孤独"では、新旧エースの世代交代に伴う「内紛」の渦中へと巻き込まれた同僚として、"レミング"ではチームのベテランエースとして君臨する石尾豪の世話役として、"ゴールよりももっと遠く"では現役を退いたのち、【オッジ】の指導者として復帰した「おれ」の視点を通して、実に複雑な群像模様を切り取ってみせる。実力こそがあらゆる些事を圧倒する世界でありながら、同時に人間的に嫌われていると「レースでなかなか勝たせてもらえない」という複雑な部分も併せ持つ「紳士のスポーツ」。他者からの妬み嫉み嫌がらせの類には事欠かず、あるいは落車という肉体的な恐怖と薄皮一枚で接しながら、そもそもが決して恵まれた環境とはいえない日本のロードレース界にあって、それでも彼らがその世界に身を置き続ける理由。色々な表現があるけれど、総じてそれは「自転車が好きだから」というところに行き着くように見える。好きだからこその、苦悩。そして闇。白石チカが主役の"老ビプネンの腹の中"では「北の地獄」と呼ばれる過酷なワンデーレース「パリ〜ルーベ」において、そしてラスト"トラウーダ"では、ポルトガルのプロチームへ移籍した彼が落ち込んだ精神の奈落を舞台に、いずれも「ドラッグ」という魔物の姿が描かれている。好きだから、その世界に生きていたいから、そんな人間にそっと近づいてくるその闇は、息苦しくなるほどに深く、重い。
『サクリファイス』の感想は→コチラ
『エデン』の感想は→コチラ
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