こんな表紙、言うたら悪いけど、そこからの期待値を軽やかに上回る、鮮やかな感情に溢れた良い小説だった。主題はもちろん自転車、ロードバイク。ロングライド、ジテツウ、ブルベにホビーレースetcetc..描かれる5つのストーリーは、いずれも自転車という素晴らしいツールを介して展開する群像模様。
自転車事故で彼を亡くした女性が、生前に彼が残していたblogを元に、彼が好きだった自転車コースを辿っていく"桜の木の下で"、毎朝ロードバイクで出社していた女性が、その自転車をきっかけにまったく新しい未来を拓いていく"キャットシッター"、少年期に祖父宅まで自転車で走った「小さな冒険」の記憶が元で、ひょんなことから旧友が営む自転車店で「運命的な」自転車と出会うことになる中年男性の姿を描いた"旧友の自転車店"、自らがコースを手掛ける形で初めて200kmのブルベを開催するローディーの、そこへ込められた小さくも力強い思いが綴られる"勇気の貯金"、尊敬する先輩に、自転車レース中の事故で重症を負わせてしまった過去を持つ男性が、とあるおミズの女の子との「自転車デート」によって再びツール・ド・沖縄へ出場する姿を描く"さとうきび畑"
こうやって粗筋だけ書いてもあまり魅力的でないんだが、読むと不思議なぐらいその瑞々しい感覚に溢れた世界へと惹き込まれていく。自転車乗りなら誰でも「そうそう!」と頷きたくなる感情、言葉があちこちに溢れているだけでなく、それはそのまま、自転車という道具が拓いてくれる様々な「可能性」へとリンクしているのだ。とにかく読んでいると気持ちが昂揚する。きっとこの「可能性」という名の昂揚感は、まだ本格的なスポーツバイクに乗ったことのない人にも伝わると思う。自転車に乗る喜びって、走ることそのものの楽しさだけじゃなく、そこから派生して広がっていく人間関係にもあるのかもしれない。各小編に登場する人物たち、それぞれがそれぞれの人生を生き、そしてそれが全体で緩やかに連関しているように、それまで決して視えなかった景色を拓き、そして繋いでくれる「可能性」の扉という意味にも、自転車というものの大きな魅力はあるのだと思う。近々、この作者の代表作でもある"自転車で遠くに行きたい"も読んでみようと思う。
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