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才能×環境×努力


7月29日月曜日。就寝前の時間を使ってこの2週間ほどで読了した"デイヴィッド・エプスタイン/スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?"。物凄くざっくり内容をまとめると、ある特定の競技において超一流となる選手には、そのパフォーマンスを決定づけるような形質(スポーツ遺伝子)が生まれながらに備わっているのか?という疑問に対する検証。


今から10年ほど前にベストセラーとなった"マルコム・グラッドウェル/天才!成功する人々の法則(原題:outliers)"において紹介され有名になった「1万時間の法則」(後述)への反証的な部分も多くで見られるが、本書の結論としては『そうした遺伝子の組み合わせは存在する可能性が高いが、現代の科学ではそれ(の組み合わせ)を特定することは不可能。ある分野で超一流となるためには、資質と環境と努力のどれもが必要』という、ある意味当たり前の結論でまとめられている。


『1万時間の法則』は、特定の分野で一流になるために必要な練習時間であるとされ、転じて誰でも1万時間のトレーニングを積めばどんなジャンルであっても一流の技能が身につけられる、という趣旨で広く有名になったもの。ただしこれは、outliersの著者マルコム・グラッドウェルが、そもそもの研究を行ったK.アンダース・エリクソン氏の提唱をやや歪曲するような形で紹介したことによる誤ったものだという認識が今では一般的なようである。


現代のマラソンシーンにおいて圧倒的な強さを示すケニア勢(中でもケニアにおいて人口的には %程度のカロンジン族がその大多数を占めていると本書は指摘)に顕著なように、ある特定のスポーツにおいて生まれながらの資質を示す者がいるのは確か。しかし視点を変えて見れば、単なる身体的な特徴(腰幅が狭く、脚が長く下腿は細い=ランニングエコノミーに優れる)以上に、エリートマラソンランナーを生み出す環境的な要因がある(幼少期より長距離を歩いたり走ったりして移動することが多い、優秀なランナーを選抜する仕組みが構築されている、走ることを手段として立身出世するモチベーションが高いetc.)とも言える。そうして資質を持った者たちの中で非常に高いレベルの競争が行われ、そこから世界トップクラスのランナーが輩出されてくる。つまりは才能×環境×努力のいずれもが、欠くことのできない要素として在るということだろうか。


たとえば今年のツール・ド・フランスで総合優勝し、史上最年少マイヨ・ジョーヌとなったEgan Bernalはコロンビアの出身だが、今年のツールに出場していたコロンビア人選手はわずかに5人(全196人中)であった。そしてそのうちの3名(ベルナル、ランダ、キンタナ)が総合トップ10に入っているという、数字的に見れば驚異的な結果が出ている。こうして見るとおそらくコロンビアには第2、第3のベルナルとなりうる可能性を秘めた人間が少なからずいるのだろうと容易に想像できるけど、こと機材スポーツでもあるロードレースにおいて、経済的な事情から一生自転車に乗ることなく、その才能が開花するチャンスもないままに終わってしまう者が無数にいる(いた)のだろうなとも想像できる。しかし今後は、今回大きな偉業を成し遂げたベルナルという王者の誕生によって、国内外の自転車関係者からコロンビアに注がれる視線はより強いものになるだろうし、競技人口もさらに増え、その中から才能に努力を重ねた人間がそのチャンスを掴む機会も格段に増加していくのかもしれない。


なんだか少し話が逸れてしまったけれども、仮に超一流を目指すのなら、自分が最も適正を示す分野を見つけ(ちなみに本書の中で著者のエプスタインは、幼少期に特定の競技に絞込んでしまう弊害を繰り返し記述している)、そこで可能な限り質の高いトレーニングを積んでいくというのが結局は一番の近道なのだ。その一方でスポーツというのは、自分なりの目標やゴール、楽しみ方を見出せるところが素晴らしいのだと思う。そんなことを改めて感じさせてくれた、本書にて印象的だった記述を紹介して終わろうと思う。

 

2時間10分で走るためには遺伝的な資質が必要なので気にかけることはないが、誰でもマラソンを完走することはできる。そのトレーニングがランニングであれ、野球やクリケット、テニスのような高度な運動技能を必要とするスポーツであれ、トレーニング計画という、みずからの生物学的探究に出かけたことのない人は、すばらしい自己変革の機会を逃している。

 

人は誰も、運動やトレーニングを通してその人ぞれぞれに益するところがあるものだ。始めてみることは、最先端の科学でさえなしえない自己発見の旅へ出かけることなのである。

 

ハッピートレーニング!

| かっつん | 21:10 | comments(0) | - | pookmark |
SHOE DOG ―靴にすべてを。/フィル・ナイト


3ヶ月前に読んだ本のことを今さら書いているのはさておき、ナイキといえば今や誰もが知る世界最大のスポーツブランドであり、個人的にもモノゴコロついた頃には既に確固たる地位を築いていたメーカーだということもあって、この本を読んで最初に意外な驚きを覚えたのは、前身となる会社=ブルー・リボン・スポーツ(以下BRS)が設立されたのが1960年代だという、その時代の近しさだった。加えていち市民ランナーの自分からしてみれば、ナイキといえば近年のBREAKING2プロジェクト(そしてもちろんヴェイパーフライ)の印象が強いため、最新鋭のラボで最先端の科学を動員したアプローチを採るといった「完璧」に「研究」「計算」「統制」されたいわば機械的でどちらかといえば無機質なイメージや、膨大なマス・リサーチに基づくデータを基にした商品展開や販促という、つまりはいかにも「大企業」的なアプローチの印象をまず思い浮かべるんだけど、本書にて創業者であるフィル・ナイト自身の手によって振り返られる会社の歴史を読んでみれば、むしろ埃っぽい倉庫や雑多な喧騒、泥臭いまでのガッツや(良い意味で)軍隊的なまとまりを持った仲間との繋がりによって歩を進めてきた極めて「人間くさい」会社だということが分かる。自分たちが売る靴によって、競技者のレベルが、あるいはそれを履く人たちの生活が今よりもっと向上してほしい、そしてそれを作り、売っている自分たちは常にそうした人たちと共に在るのだという精神が凄く良いなと思う。


ちょうど1年ぐらい前にNETFLIXオリジナルのドキュメンタリー『アート・オブ・デザイン』で、エア・ジョーダンシリーズなどを手がけたデザイナー/ティンカー・ハットフィールドのエピソードも観ていたんだけど(このドキュメンタリーはどのエピソードも非常に完成度が高くて面白い!)、その中ではフィル・ナイトの共同創業者であるビル・バウワーマン(フィルの大学時代の陸上部のコーチで、後にオリンピック選手も多数指導する伝説的な存在)が抱いていた競技用シューズに対する尋常でないコダワリについても触れられている。比べてみれば本書においてそうした「靴」というモノ自体を研究し改良していく(職人的、あるいは属人的な)工程に対するスポットはあまり強くない(ナイキを象徴する「エアー」や「ワッフルソール」が誕生するシーンなどはあるけれど)。どちらかと言えば本書が「ビジネス書」のカテゴリーで紹介されているように、フィルが創業した「会社」がどのようにして数多の困難を乗り越え、ついには競合するライバルを打ち負かして「ナイキ」というブランドを確立させていったかという手法やマインド、過程を語る部分に重きが置かれている。


そのヒストリーは波乱に満ちていてドラマチックだけど、もちろんフィル・ナイトは作家ではないため、本書において「小説的」なカタルシスを覚えるような記述はさほど多くはない(それでもその事象だけで十分に劇的だったりするものがたくさんあるけれど)。と同時に執筆時点でフィル自身が80歳手前、既に一つの大きな歴史を築き上げた後の年齢だというのも関係してるのか、変な自分語りや過剰にギラギラしたイヤらしさが無い文体が好印象で読みやすい。


”自分だけのもの、「これを作ったのはぼくだ」と指さして言えるものを作りたい。自分の人生を有意義にする方法はそれしかないんだ。"

 

"みんなに言いたい。自分を信じろ。そして信念を貫けと。他人が決める信念ではない。自分で決める信念だ。心の中でこうと決めたことに対して信念を貫くのだ。"


↑のような言葉は、ジャンルに関係なくきっと多くの人の心に響くだろう。読後感として、これだけの巨大企業にも関わらず、そのイメージが非常に家族的で良くも悪くも人間味に溢れたものに変わって感じられたのが印象的だった。

| かっつん | 20:25 | comments(0) | - | pookmark |
NATURAL BORN HEROES/クリストファー・マクドゥーガル

 

 

はふたつの本のアイデアどちらを選ぶか決められずにいた。


巻末にあった↑のような作者あとがきを見てなるほどと腑に落ちたけど、残念ながら本作ではその試みはあまり上手く機能していない。始終においてずっと頭の中に浮かんでいた感覚を一言で表すならば、散漫。


前作『BORN TO RUN』でも同じように、人間のプリミティヴな感覚をくすぐる様々なエピソードや「ベアフッドランニング」に纏わる魅力的な(そしてどこか肉体を超えた部分のスピリチュアルな刺激を含んだ)トピックスが随所にいくつも散りばめられていた。そうしてそれらは"メキシコの走る民族=タラウマラ族"と世界屈指のウルトラトレイルランナー達とのレースという一つの象徴的なイベントを核として見事に収斂し、人体の神秘的な側面を強烈に意識させる興奮と共に昇華されていた。


今作においても作者はきっと、第二次世界大戦時に実際に起こった、クレタ島におけるドイツ人将校の誘拐という史実をベースとして同じようなことをやりたかったんだろうと思う。が、そのベースとなる展開に付加される"人体の自然な動き=ナチュラルムーブメント"に纏わるあれこれがあまりにも多岐にわたっていて一貫性が感じられず、結果として物語全体のぶつ切り感が悪い意味で強く感じられてしまい、本来なら生まれるはずの昂揚感というグルーヴを殺しまくってしまっている。ブルース・リーの詠春拳から最強のトライアスリートを生み出したマフェトン理論まで、ひとつひとつのエピソードとしてはかなりキャッチーなんだけど、個人的には先の主要なストーリーとこうしたトピックスは別々の本としてリリースしたほうが良かったのでは・・・という気がする。

| かっつん | 20:50 | comments(0) | - | pookmark |
BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の"走る民族"/クリストファー・マクドゥーガル


以前から気になりつつも放置していた話題の作品を今さらながらに手に取った。これはめちゃくちゃ面白い。表題のとおり、メキシコの走る民族=タラウマラ族が全編通してのkeyになっているのだが、そこから派生する形で、生れながらに「走ること」を本能として持った我々人類=ランニングマンの姿が、様々な切り口から描き出されていく様に興奮させられる。


最近では相当にメジャーになったとは言え、一般にウルトラマラソンやウルトラトレイルといったジャンルは、他の「陸上競技」と比べてその「記録」が公の場で語られる機会が圧倒的に少ないように思う。自分のようにランニングが趣味だと思っているような人間でさえ、このシーンで活躍する人たちのことは数えるほどしか知らなかったりする。本書では、世界最強のウルトラランナーとも言われるスコット・ジュレクを始め、強烈な個性と強さを併せ持った人物が多数登場する。これも本書の中で導き出される推論の一つだが、彼らに共通して見えるのは、走るという行為を、その苦痛すらも含めて愛しているというところ。原始より本能に刻まれた走るという行為を、限りなくそれに近い形で表現できるその強さ、耀きは、記されたその字面を追っているだけでも何か胸がワクワクするような興奮を禁じ得ない。文字通り「今すぐシューズを脱ぎ捨てて」走り出したくなったランナーは自分だけではないはず。およそ人間離れして見える彼らの超人的なパフォーマンスを見ていると、良くも悪くも人間の限界を規定しているのは脳なのだなという思いもあらためて抱く。日本のトップトレイルランナー、ヤマケンこと山本健一さんがよく「野生が目覚める瞬間を待つ」みたいなこと言ってるのもまた、この脳が規定する限界を壊すということなんだろう。


本書では、奇人とも見える一人のウルトラランナーと伝説の走る民族タラウマラ族、そして世界最高峰のトレイルランナーたちが競走するレースを巡るあれこれを軸として、一つの大きな物語が展開する。事実は小説より奇なりと言う言葉のとおり、「マジかよ!?」を連発したくなるエキサイティングな描写の連続に最後まで引き込まれる。と同時に、派生する形で挿し込まれる人間の走るという行為に対する考察は、多分に文化人類学的なアプローチを含んでおり、これがまた非常に面白かった。とにかく引用したくなる記述があちこちに散りばめられた本書だが、最後にその中から一つだけ、決して派手ではないがとても気に入ったそれについて記しておこう。

 

有酸素運動が強力な抗鬱剤であるのはわかっていたが、これほど気分を安定させ――この言葉は使いたくないが――瞑想にふけらせる力があるとは知らなかった。四時間走っても自分のかかえる問題の答えが得られないとしたら、もうその答えが見つかることはない。

 

| かっつん | 21:13 | comments(0) | - | pookmark |
タイトル/表紙絵/構成などから相当数の読者を逃しているように見えるモッタイナイ小説
最近Kindleで購入したハヤカワの2作。共に現在のこのジャンルにおいて有名な作家さんだが、個人的にはどちらも初読であった。

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野尻抱介/ふわふわの泉

これはハヤカワ文庫JA全般に言えることなのかもしれないが、表紙絵が必要以上にライトノベルチックなのだ。ラノベにも面白いモノはあるんだけど、ここでは悪い意味での「軽さ」を連想させるという意味で。加えて小説のタイトルが"ふわふわ"とくるため、その2つの組み合わせから、その実は非常に緻密で精度の高いハードSFのディティールを持った本作の中身を予想することは難しい。深い知識に裏打ちされた物語の骨格と、その中でユーモアをもってイキイキと動く登場人物たち。個人的に知っている作家さんの中では、池上永一氏の著作や中島らもの『ガダラの豚』を読んでいたときと同じようなワクワク感があった。つまりは一大エンターテイメント。カッチリとしながら、どこまでも軽やかで開放感のあるストーリーは、そのままこの小説の核たる夢の素材"ふわふわ"の質感と連結する。

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小川一水/老ヴォールの惑星

対してこちらの短編集は誰が悪いのか、冒頭に配された"ギャルナフカの迷宮"がおそろしくツマラナイことで、立ち読み段階でかなりの読者を逃してしまったのでは?と余計な心配をしてしまう構成。なにせこの"ギャルナフカの迷宮"という話、政治犯として脱出不能な地下牢へと投獄された主人公が、そのアングラ世界において闘い、仲間を作り、自分をこのような境遇へと追いやった体制へ意趣を返していくというような粗筋なのだが、すべてにおいてペラペラなキャラクター造形と世界観、ご都合主義的な展開が組み合わさったその内容は、先ほどの悪い意味での「ラノベ感」をいっそう酷くしたような読書感。かつての書店で平積みになっているからさぞ面白いんだろうと読んでみたら「なんだこの中学生が書いたような酷い文章は!」と愕然とした某山田悠介の著作を彷彿とさせるレベル。

いったいなぜこれにAmazonであんなにもたくさんの高評価が?ひょっとしてあの人たちは全員〇〇なのか?と買ったことを激しく後悔したのだが、実はこの作品、続く表題作からは本当に同じ作者か?と疑ってしまうぐらい作品の質が桁違いに上がる。物語を詳述するのはやめとくが、非常にオリジナリティの高い「SF的」なヴィジョンを持った世界が、それぞれにユニークで刺激的な展開でこちらを引き寄せつつ、そのいずれもが背景に自らが「存在し」「生きる」意味を問いかけるような命題を持って構成されている、といった感じ。それだけになぜ、最初にあんな酷い作品を配置したのか?編集者は〇〇なのか?と思ってしまったのだった。同じく、短編集の最初が非常にマズかったものとしては町田康『ゴランノスポン』が思い浮かぶが気になる人はこちらも是非読んでみたくださいな。


さておき、今朝はローラーで高強度をやるだけのメンタリティがなかったので、代替メニューとして坂道ランへ。今月はほとんど走ってないので脚の疲労感はないのだが、全身にはうっすらと疲労の膜が纏わりついている。そして走っていない分、走力そのものが低下しており、キツいのに遅いという残念な状態。とにかくもできるだけ心拍を上げられるよう、少しでも強度を上げる意識を持って上りを走った。


夜ローラー。短めのインターバルメニュー。やろうかどうか迷ったけど、結果的には気分がスッキリして良かった。
| かっつん | 20:13 | comments(0) | - | pookmark |
意外なところで自転車が本格的だったSF畑の小説
もうblogに感想を書かなくなって久しいが、だいたい週に1冊程度は本を読んでいる。昔と違って媒体が紙ではなくkindleになったり、小説だけではなく雑誌や漫画もたまに読むようになってはいるが、基本的に活字が好きなことに変わりはない。

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最近ハマっているのが藤井太洋という作家さん。この人のことは、津原泰水の作品目当てで買った伊藤計画関連のアンソロジー"NOVA+ 書き下ろし日本SFコレクション 屍者たちの帝国"に収められていた"従卒トム"を読んで初めて知った。適度な質量を備えたスピード感のある文体。一気に読み進められるが、小説の体幹ががっしりしているため浮ついた感じがまったくない。というか、多くのSF作家同様に、様々な分野に跨る専門知識が半端ない。

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"Gene Mapper"では、遺伝子工学に関する相当に深い知識がストーリーの核として存分に機能。でありながら、そんなカッチリとしたSFのボディを持ちつつも「文系読者お断り!」な硬さはなく、むしろそれとは反対の感情のうねりや軽妙なタッチの機微が物語をうまく展開させている。

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今読んでいるのが"UNDERGROUND MARKET"シリーズの3作目"アービトレーター"。まず驚いたのが、背景設定における予言的とも言える描写の的確さ。増税に東京オリンピック、TPPによる輸入作物の拡大や労働力としての移民受け入れなど、現在の、そしてこれから何年後かにはかなりの確率でそうなっているだろう日本の姿を、驚くほど的確に描写している。

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そうそう、予言的な描写といえば、先に読んだ"江波 光則/我もまたアルカディアにあり"が良かった。生活保護制度が究極まで進んだ近未来とも見える「超福祉国家化」した日本を舞台に、アル・ジャンナ一族の一人称で時系列をクロスさせながら物語が語られていく。そこにはある種の異様なリアリズムと迫力があり、加えて抜群のエンターテイメント性も兼ね備えておりめちゃくちゃ面白かった。

話を藤井大洋のUNDERGROUND MARKETに戻すと、意外なところで面白かったのが、登場人物らが移動手段としてロードバイクやブロンプトンなどを使っているところ。そんな設定自体はまぁあるとして、読んでると「この作者、絶対にロードバイク乗りだわ」と分かる描写がどんどん出てきて地味にニヤリとさせられる。30卆茲量榲地まで1時間で行こうと思ったら、だいたい35〜6km/hで巡航しないといけない、とか、貰った月餅を4つに割って、1欠片=100kcalと計算して補給のタイミングを考えたり、あと走行中の車へのハンドサインや気配り、その意識描写のいちいちが、これ絶対乗ってないと分からんやろ、という表現ばかり。
この辺、別にストーリーのkeyではないし、自転車乗り以外にはただの感覚的な描写として通り過ぎていくんだろうとは思うけど、こういう表現がやたらと多いのだ。いったい作者が何を意図してこれだけ細かい部分に拘ったのかは不明だが、この抑えきれない作者の自転車愛、これだけで自転車乗りとしては藤井太洋に親近感を抱くはずw。

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も一つ余談だけど、自転車小説として有名な『サクリファイス』三部作(『キアズマ』も加えると4部作)の作者/近藤史恵さんの著者近影などを見ると、失礼ながらまずロードバイクなんて乗ったことないだろうなと思うのだが(←ほんと失礼だな)あれはあれで乗ったこともないのによくあれだけリアルなプロトン内の心情描写やドラマティックな描写が出来るもんだと、プロの作家さんの凄さを感じる(^^;;


自転車関連といえば、前から観たいと思っていた映画"プレミアム・ラッシュ"をようやく一昨日に、観た。ちょうど日本国内でノーブレーキ・ピストが(そして一般的には混同される形でスポーツ自転車全般が)白眼視されていた時期だったので、これは劇場公開されなかったのも納得だわね笑。疾走感ある画面展開は好みのタイプだったけど、作品としては平凡。メッセンジャーのリアルな実態が描かれているわけでもなく(むしろ表面上の上っ面しか描かれていない)それも含めてストーリー展開がペラッペラだった。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットは好きな俳優だから最後まで見れたけど。。


今朝は渦ヶ森Runの予定で起きた。昨晩、いったん寒さが緩んだように感じたのだが、起きてみると空気がかなり冷え込んでいて寒い。。例によってトレオフにする理由を考え始めた思考をシャットダウンして、着替えて出発。渦ヶ森はやめてジョグで。ただ走り出してみると、思いのほか脚が軽い。なので山幹往復のペース走に変更。これだったらちゃんとスピード走用のシューズ履いてこればよかったな、と思いながら、キロ4分強をイメージして10km。最後までフォームはぶれずしっかり動いており、呼吸のほうも余裕がある感じ。ゴール後、これでAve.4:00/km切れていれば、、、と少し期待しながら時計を見るとAve.4:06/kmと遅すぎ。。そら呼吸も楽やわ、と思った。言い訳要素はシューズぐらいしかなく、それだってそこまで関係なさそう。スタートまであと2週間を切った別大マラソンに不安が募るね。珍しく今日の午前中は強烈な眠気に襲われたけど、睡眠が足りてないのか?そういえばここ何日か、寝る前に読んでる本が福澤徹三/廃屋の幽霊という怪奇ホラーで、この人のは心理的な不安と恐怖が同居していてかなり圧迫感があるのね。単純なワタクシはこれのせいで連日イヤな夢見て睡眠が浅くなってる自覚はあるw。やめればいいのに、でも面白いからついつい読んでしまう、読ませてしまう罪な作家さん。
| かっつん | 21:15 | comments(0) | - | pookmark |
偽りのサイクル 堕ちた英雄ランス・アームストロング


2段組500頁と結構なヴォリュームだったが、台風の一日を利用して一気に読んだ。自分はまだハミルトンとコイル共著の『シークレットレース』は読んでいないのだが、本書はアメリカ人ジャーナリスト/ジュリエット・マッカーが、当時この世界のトッププロの間に蔓延していた違法薬物による気が滅入るような汚染の実態を、ランスと関わりのあった多くの人間たちの証言、あるいは彼自身へのインタビューも含めて追求していくというスタイルで書かれている。
 

違法薬物の摂取を「他のメンバーもしているのだから当然だ」「チームで夕食をとるのと同じ」ように平然と続けながら、あるいはチームのみならずサイクルロードレース界の絶対的な支配者として、自らのをアシストする仲間にも同様のドーピング・プログラムに従うことを脅迫し強制し、加えてそれを「もし世の中が、俺がドーピングしたことでツールに勝ったと思ってるのなら、馬鹿としか言いようがない。俺はいかさまなんてしていない」「スタートラインに立つ200人の選手全員が、ルールを破っていた」と心から信じ公言して憚らないアームストロングという人間の傲岸で攻撃的な性格は、これまで彼の人となりについてほとんど知らなかった自分にとってはなかなかに衝撃的であった。そして何よりも、まるっきりマフィアの麻薬取引のような高度に組織化された薬物摂取の実態には言葉を失う。クリーンな選手はこの世界では絶対に勝てない、と誰もが信じてやまないほどに、多くの選手が違法薬物を接種するか、あるいはこの世界を去るかという二者択一を迫られながら「押しつぶされるようなプレッシャー」に屈してそれらを体内に入れていく。こんなに酷い話はない。
 

アームストロングのドーピングは、ヨーロッパのトップ選手の間に軍備競争を生じさせた。どのチームも、アームストロングがさまざまなドーピング手法を使っていることを知っている。もちろん、血液ドーピングをしていることも。レースを公平な競争の場にするためには、アームストロングだけに有利な状況で走らせるわけにいかない。自分のためにもチームのためにも、ドーピングをしなければならない。
 

周知のとおりランスは、その絶対的な名声と築き上げた財力を巧みに利用しながら、自己に関わる数々の訴訟を勝ち抜き、切り抜けてきた。しかし彼によって「人生を破滅させられた」と感じていた複数の人間たちの"執念"としかいいようのない訴追によって、最終的に彼は過去に得た全ての名誉とその富のほとんどを失い、現状ではスポーツ界から永久追放されることになった。
 

「奴らは有名人である俺を捕まえようとしている、そうすれば、自分たちの存在意義を証明できるからだ。まったく下らない。茶番もいいとこだ。そう思わないか?」
 

ランスが長きに渡って多くの人を欺き裏切り続けた罪は大きいと思うが、同時に、それまで彼の名声に群がり、甘い汁を吸ってきた多くの人間たちが、形勢の不利を悟るやさながら難破船から逃げ出す鼠のように彼から離れ、あるいは手のひらを返して彼をバッシングし、悪いのは全部あいつだ!我々は騙されていた!となるのはこの話に限らないが、どうなのかなとも思う。そして、ランスが言うところの「USADAは大物を捕まえて手柄を立てようとしているだけであり、自分はそのための生け贄になったのだ」という点は、ある部分では事実なのかなとも感じた。サイクルロードレース史におけるこの暗黒の部分の罪全てを、自転車競技のすべての罪をランス一人が背負わされるような図式は公平でないようにも見える。
 

「朝、目を覚ます度に、その日一日、打ち込めるものが何もないことを思い知らされるような人生には耐えられない。僕にとって、トレーニングと競争こそが生きがいだ。僕は楽しいからトレーニングをするんじゃない。そうしなければ試合で勝てないからトレーニングをするんだ。僕は、健康を保つという目的のためだけにトレーニングはできない。レースに出ることがわかっていなければ、トレーニングができないんだ。スポーツは僕の人生のすべてだ。小さいときからずっと試合に出続けてきた。僕はレースがなければ生きていけない。お願いだ。どうかそれを分かって欲しい。」
 

アームストロングは、かつてのアメリカ人たちが信じたような聖者でもスーパーヒーローでもないが、上記の彼の言葉は本書のタイトルCycle of Lies(嘘の輪)にはまりこまない、たぶん真実なんだろうなと思う。



夕方、帰宅してからランへ。たぶん初めてのインターバル的なことをした。2kmの全力走を2本+ジョグ。だいたい3:30/kmで心拍は176あたり。レース用シューズで、下がマッドなコンディションでなければあと10秒ぐらいは短縮できると思うけど、逆に言えば今はそのぐらいが限界。帰りに住吉川沿いを走ろうかと思ったら、増水した濁流でいつも走っている河川敷が水没していた。

| かっつん | 21:30 | comments(0) | - | pookmark |
平山瑞穂/マザー


小学館『きらら』誌上で連載された「理想の人」を改題、加筆改稿した2010年刊行作

平山氏といえば、不条理が幻想を纏って浮遊する白昼夢めいた『ラスマンチャス通信』あるいは『全世界のデボラ』のような作品が印象的だが、一方では『忘れないと誓ったぼくがいた』に代表されるような、大崎善生ばりのセンチメンタル・ストーリーも多く書いていたりと、なかなかその作風を量りがたいところのある作家さんである。

今作を大別すると後者寄りになるのかな?実に意味ありげな"マザーとの別れのシーンから導入される物語は、ある人の「記憶の中の人」を軸として回り出す。夢の中の景色めいて曖昧ながら、身の回りに残る「確かにその人が存在していた」という痕跡。その小さくも確かな痕跡を集め辿っていくうちに、明らかになっていく一つの"世界を変えていく装置"の存在。

人の「記憶」という領域を素材に持ってきているのは面白いのだが、それを改変してしまうという肝心の"装置"にまつわる設定がどうにも弱い。そのため結局は「失った、あるいは失ってしまうかもしれない記憶や人」をネタにした人間ドラマみたいなところに終始してしまっており、『ラスマンチャス』のような混沌とした深みを見ることは適わずちょっと不完全燃焼。


『ラス・マンチャス通信』の感想は→コチラ
『忘れないと誓った僕がいた』の感想は→コチラ
『全世界のデボラ』の感想は→コチラ

| かっつん | 22:08 | comments(0) | - | pookmark |
岩本能史/非常識マラソンメソッド ヘビースモーカーの元キャバ嬢がたった9ヵ月で3時間13分!


売るためにキャッチコピーは大切よ、ってなわけだが、目を引くキャッチを3つも4つもも並べてしまったこのタイトルは、逆に購買意欲を削ぐのではないか?と思ったり。しかしまぁ、そんな「エェー」ってタイトルからすると中身のほうは良い意味で実践的な手法を提示しており、初心者が一段次のステージへ進むためになかなか即効性がありそうなメニューが紹介されている。

フォームとしては、骨盤を立てた腰高スタイルで、大腿四頭筋やハムストリングスを中心に用いる走法を推奨。具体的なトレーニングメニューとして「峠走」の利点を繰り返し書いている。また、走力の向上をチェックするため定期的に取り入れるインターバル走についても、フルマラソンの目標タイム別に具体的なタイム設定が書かれてある。個人的にも、上述の峠走については短期でかなり高い効果が得られるんじゃないかと思った。もちろんめっちゃしんどそうだけど。

ただ、自分の感覚を基準に語らせてもらうならば、ここに書かれているそうしたトレーニングを行うためには、最低でも月間150km以上走っている、フルマラソンサブ4レベルの人からじゃないと厳しいのでは?と思った。というのも「坂道を全力で駆け下りる」とか「踵は固定して着地の衝撃をそのまま反発力に生かすフォーム」なんてのは膝周りの負担が相当大きそうなので、その辺の筋肉が鍛えられていない段階でいきなりそれをやっちゃうと、結構な確率で故障するんじゃないかしら、と思う。先のようなキャッチで釣るならば、準備運動やクールダウンの重要性について少しぐらい書いておいてほしかったなーと、ちらと感じた。しかしある程度走れるようになってきたならば、こうしたインパクトの強いメニューは、先に書いたように短期間でステップアップするためにかなり有効であると思う。

| かっつん | 22:28 | comments(0) | - | pookmark |
高千穂遥/ヒルクライマー


ロード乗りの中でも、坂を見ると登らずにはいられない「ヘンタイ←(最大級のほめ言葉)」気質な人たちをヒルクライマーと呼ぶが、そんな(一般的に見れば)十分にマニアックなフレーズを冠した自転車小説、である。

なかなか、印象的な導入部だ。かつて体育会系でならしたものの、中年の域にさしかかり、多忙を言い訳に増加する体重、低下する体力の波に流され始めていた一人の男が、ひょんなことから長野県の高地で目にしたヒルクライムレースに衝撃を受け、その世界へのめり込んでいく。それまで全く運動していなかった人間が、自転車に乗り始めてから見違えるような「アスリート」へと変貌していくというパターンは、ふだんblogや各種メディアにおいて少なからず目にする展開であるが、本書はその過程を追うわけではない。続く第一章からは、若くして病没した友人のロードバイクを受け取った19歳の若者が、それまで打ち込んでいたマラソンに代わって、ロードバイクの世界へ本気になっていくサマが主体に描かれる。小説の構図としては、その若者が、今や日本のヒルクライムレースのトップに君臨するまでになった序章の男へ挑むという形を成している。

レース、あるいはトレーニングの描写などは、実際その辺りで走っているローディーならニヤリとしそうな具体性があって面白いと思うのだが、反して妙に小説チックというか、例えば生活の全てを自転車に捧げるようになった男の家庭崩壊のサマや、その男の娘と先の若者が恋愛関係に陥ったりするなど、自転車以外の部分でヘンにドラマティックな設定を持ち込もうとしているところがどうもウマくないというか、せっかくの熱に水を差しているように感じた。

| かっつん | 22:21 | comments(0) | - | pookmark |

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